うつ病の原因と治療

うつ病の原因には諸説ありますが、私たちが現在考えている病因を3項目に整理して解説してみます。

(1)挫折によるうつ病

(2)ストレスによるうつ病

(3)体の衰えによるうつ病

【1、挫折によるうつ病】

◎失恋や試験の失敗などが原因でうつ状態に陥るケースで、若い人たちに多いので『新型うつ病』などと呼ばれることもあります。精神科医の中には古典的な内因性うつ病とは原因や経過などの病態が異なるために、この病態をうつ病とは考えない人もいますが、私たちはうつ病の発病メカニズムが一致しているのでうつ病に含まれると考えています。

◎少し難しい話になりますが、『うつ病の原因』の一つには、私たちの脳幹部(=脳の奥底の中心部)にある『外側手綱核』という場所が機能に変調をきたすことが上げられると、私たちは考えています。

◎『外側手綱核』の主な機能は、期待が裏切られたときに、その行動を禁止して同じ失敗を繰り返さないように、大脳皮質に指令を送ることだと考えられています。つまり、何かを期待して、期待通りの結果が出ないと、外側手綱核がその行動を禁止する指令を大脳皮質に送るのです。

◎この指令は『無意識の絶対服従命令』のような強い力を持っているので、下等な動物では『1回の失敗で一生繰り返さない』強い命令となり、一部は遺伝情報として子孫に伝えられていくと思われます。しかし人類を筆頭とする高等動物では、「今回は失敗したが、もう少し工夫して頑張れば成功するかも」と期待して挑戦し続けることが起こります。その結果が成功すればいいのですが、繰り返し失敗して挫折感を積み重ねることで、外側手綱核の神経細胞の機能が変調して、禁止信号を出し続けるようになってしまった状態が、このタイプのうつ病を含む『気分障害』の発病メカニズムです。

【2、ストレスによるうつ病】

◎このタイプの方は都会部で精神科・心療内科の外来を訪れるうつ病患者さんの中では一番多いパターンのようです。長時間労働や休憩時間のない頭脳労働、さらには自宅に持ち帰ってまで仕事に追われたり、自営業で常に仕事が頭から離れない方…発病の背景は様々ですが、このような長期間の重課ストレスに曝されるのが発病の原因です。

◎ストレス状態では、体内でストレスホルモンの副腎皮質ステロイドが大量に生産されて、そのホルモンの影響で大脳皮質で神経細胞の連絡接点である『シナプス』が減少して、さらには神経細胞の働きも遅くなり、『頭が回らない』『脳が働かない』という自覚症状が出現します。

◎この発病初期に正しい治療を開始すれば軽症で済むのですが、さらに無理を続けると、論理的な思考能力が低下して仕事上のミスなどが多発するようになります。仕事でミスを重ねると(1)のケースと同じように挫折感が増加して、外側手綱核の機能変調をきたす結果に陥ります。

◎外側手綱核が変調すると(1)の挫折によるうつ病の場合と同じように、意欲の低下と憂鬱な気分が増加して、うつ病の病態になります。

【3、体の衰えによるうつ病】

◎このタイプのうつ病が古典的に『内因性うつ病』と呼ばれていた病態と概ね一致しています。私たちは『更年期うつ病』ほぼ同じだと考えています。性別的には女性により多く、30代から60台に発病のピークを見ます。

◎女性は更年期になると女性ホルモンであるエストロゲンの分泌量が急に減少しますが、エストロゲンには神経細胞の連絡接点であるシナプスと脳神経細胞の働きを保護する力があります。したがってエストロゲンの急激な減少は脳の機能低下となり、記憶力が低下して思考力や判断力が衰えるために、日常生活や仕事上の失敗が増えます。ここから先は(2)のケースと同じ道筋をたどり、外側手綱核の機能変調をきたしてうつ病に陥ります。

◎男性の場合は、テストステロンという男性ホルモンがエストロゲンに似た脳神経保護作用があるので、男性更年期でもよく似た病態が起こり得ますが、女性ほど顕著ではありません。さらに、より高齢者では、脳神経そのものの機能が老化によって低下することがあるために、老人性のうつ病が発生します。このような症例もこのグループに分類できると思います。

【4、メランコリー気質とうつ病】

うつ病になりやすい人の病前性格に、几帳面で何事においても完全主義であり、また責任感も強く、対人関係も細やかな配慮が行き届いているという、メランコリー気質の方が多いことが知られています。このような性格の方は、上記の(1)から(3)までの発病経過の中でも、『我慢強さ』があだとなって病状が悪化、重症化しやすいと考えられます。

【5、教育や育て方とうつ病】

子ども時代の経験として、子ども自身が自分で計画と立て、遂行できた行動の成果に、満足感と喜びにあふれた達成感を数多く味わうことが大切だと、私たちは考えています。しかしながら現代日本の子どもたちは、教育や子育ての場面では受け身な経験ばかりで、自主的な行動とその結果への満足感や達成感を味わうことは少ないようです。また、その教育現場での結果や評価も喜びより落胆する要素が多いため、喜びの経験から外側手綱核の機能変調を元に戻すという、自然治癒力の脆弱な子どもがたくさん育っています。私たちはこのような生育環境が『人格面での発達障害』いわゆる『アダルトチルドレン』の誘因となり、この発達障害を基礎とした精神障害(その多くが新型うつ病と処理されている)の増加と関係があると考えて研究を続けています。

【6、うつ病と引きこもり】

引きこもりの一番大きな原因疾患は、統合失調症だと思われます。統合失調症と引きこもりに関しては、『引きこもりを治したい』をご参照ください。統合失調症以外の原因として、精神症状のないうつ病が、沢山ある引きこもりの原因の一つの要素になっている考えられます。精神症状がないというのは、典型的なうつ病の症状である、『何をしても楽しくないとか、死にたいという気持ち』が前面に出ていない、隠れたうつ病状態が、引きこもりの原因になっている考えているのです。もちろん引きこもりの大きな原因疾患である統合失調症等の精神疾患は十分に考慮しなければなりませんが、無意欲で気持ちはあっても行動が起こせないタイプの引きこもりでは、

(1)挫折による引きこもり

(2)ストレスによる引きこもり

(3)体の衰えによる引きこもり

上記の3種類の分類がそのまま当てはまるケースが見られると考えています。

さらに詳しい資料は、こちらのうつ病のPDFをご覧ください。

うつ病以外の精神疾患による抑うつ状態

これが意外に見落とされているケースがあります。抑うつ状態は統合失調症や双極性障害といった、うつ病以外の精神疾患でも起こりますので、やはり専門家の診察を受けることが必要です。

うつ病と気分変調症

気分変調症は、慢性的で軽度な抑うつ状態、生活全般にわたって興味の消失や何事も楽しめないという気分とともに、以下のような症状が見られます。

    食欲の不振または過食
    不眠または過眠
    疲労感の持続(倦怠感)
    自分は価値がない、自信が持てない(自尊心の低下)
    自己嫌悪感や罪悪感を伴う
    集中力の低下
    決断を下すのが困難
    絶望感を覚える

 これらの症状のうち、少なくとも2つの症状を常に呈し、それがほぼ毎日続き、途中で普通の気分の期間があっても、2年以上症状が続きます。症状は、1日のなかでも、後半に悪化する傾向があります。中には、生まれてから現在に至るまで、すっと憂うつだったという患者もいます。やる気がしない、いつも疲れた感じ、気分がへこむ、楽しいことがない、不眠などのほか、無価値な自分、自己嫌悪や罪悪感などの状態から、以前は、これは性格の未熟さや気質の問題と考えられたため、この種のタイプを「神経症性うつ病」と呼んでいました。しかし、治療上は一般的なうつ病ほどではないが、抗うつ薬が有効である場合も多く、現在では性格の問題ではなく、うつ病の一種という考えが一般的になりました。気分変調症の特徴として、気分の落ち込みや、気力や集中力の低下など、うつ病特有の抑うつ気分はみられるものの、楽しいことがあると一時的に気分が明るくなる「気分反応性」が見られることから、定型うつ病とは異なっている点です。

 いま、うつ病が急増していて治療を受けている人が多い中で、「医者からもらっている薬を長年飲んでいるが、なかなか良くならない」という患者の中には、気分変調症に罹っている人も決して少なくありません。専門医であっても、うつ病と気分変調症の見分けが難しく、正しい診断までに時間を要しているのも事実です。うつ病の患者は一般的に自責的ですが、気分変調症の人はどちらかというと他罰的で、自分の不調を他人のせいにしたり、人から自分はどう思われているか気にしたり、自分をよく見せたい自己中心的な人がこの病気になりやすいとも言われています。また、2年以上慢性軽うつ状態が続いている気分変調症の経過中で、大うつ病エピソードがみられる「二重うつ病」の人も非常に多いです。いずれにしても、日常的な憂うつ感、くよくよした気分を病む、生活上に喜びを感じない、不適切な思い込みがみられるなど、これらの症状が他の精神疾患では説明出来ない場合、気分変調症と考えるのが妥当と考えられます。

【新型うつ病は実は気分変調症の亜型か】

これは私たちが注目している『発達障害を基本とした気分障害』こそが、『新型うつ病』の病態を上手く説明していると言う理論です。発達障害が基礎にあるために内服治療だけでは簡単には治りにくく、デイケアーやカウンセリングを使って自己洞察と精神的な成長を助けることが、良い治療結果を生むと考えています。

<気分変調症の原因>

 うつ病と気分変調症の原因を、生物科学的な研究成果でみた場合、病因は同じであるという考えと、異なるという考えがあって、現在のところはっきり解明されていません。うつ病では、副腎系の抑制が観察されていますが、気分変調症ではその異常はなく、他方で甲状腺系の異常が出る割合が高くなっています。また、睡眠時の脳波の特徴で見ると、うつ病も気分変調症もよく似ていて、これは抗うつ剤が有効であることを示しています。

一方、精神分析理論によると、人格や自我の発達の結果として、気分変調症が発症すると考えられています。たとえば、過度な規則正しさ、他者への気遣い、低い自尊心、罪責感、快楽の消失、内省好きなどの性格形成が、発病と関連しているとの指摘もあります。さらに、認知療法論では、現実と理想の落差が、自尊心を傷つけ、無力感を生じさせているものと仮定しています。このほか、社会的、心理的な慢性ストレスとの関係も指摘されています。

<気分変調症の疫学>

 気分変調症の生涯有病率は約6%で、時点有病率は約3%と言われます。人口の約6%は、16~17人に1人の割合でこの病気にかかっていることになります。また女性では、男性の2~3倍多いとされていますが、小児では性差がないと言われます。さらに、気分変調性障害患者の家族の84%に大うつ病などの気分障害があるとも言われています。また、一般精神科診療所を受診されている患者全体のうち、約3割から5割を気分変調症が占めているともいわれます。未婚の若者や、低所得層に多く見られます。また気分変調症は、大うつ病のうち、完全寛解を示さないタイプと合併しやすいことや、不安障害でも特にパニック障害や強迫性障害との併発、物質乱用や境界性人格障害のような他の精神疾患とも併発することがよくあります。

 そのほか、小児の気分変調症患者を対象にして、その長期経過をフォローアップした研究によると、病気が完全に治る場合もありますが、再燃した場合は途中で大うつ病を発症することがわかりました。また、気分変調症の場合、その20%近くは、躁病や軽躁病の症状を思春期におこす可能性があると指摘されています。同じく20%は大うつ病に罹患し、15%は双極性障害のⅡ型に、5%は双極性障害のⅠ型に罹患しています。回復率は、治療を受けてから1年以内に治る患者は10%程度で、逆に治療を受けても治らない人は25%もいるとされています。気分変調症は、治療を受けたほうが、圧倒的に症状は改善し、治療によって症状は軽くなります。

<診断基準>

 アメリカ精神医学会(DSM-Ⅳ-TR)と世界保健機関(WHO)の診断基準では以下のように定義されています。

【DSM-Ⅳ-TR】


次のA~Cのうち、基本症状であるAを必ず満たしたうえで、抑うつ状態の期間において、Bのうち少なくとも2つの症状と併せて、合計3つ以上の症状に該当し、かつCを満たす場合に「気分変調性障害」と診断されます。

A. 抑うつ気分が、ほとんど1日中存在する。期間を通して、抑うつ気分を感じない日よりも感じる日の方が多い。患者自身が抑うつ気分を自覚症状として感じ、または他者の観察による抑うつ気分が示され、それが成人では少なくとも2年間続いている。幼少・少年・青年期では、少なくとも1年間はあり、青年期までの症状においてはイライラ感のこともある。

B. 抑うつの間、以下の症状のうち2つ、またはそれ以上が存在する。
(ア) 食欲減退、または過食
(イ) 不眠、または過眠
(ウ) 気力の低下、または疲労
(エ) 自尊心の低下
(オ) 集中力の低下、または決断困難
(カ) 絶望感

C. この障害の2年間の期間中(小児や青年については1年間)において、1度に2カ月を超える期間、基準AおよびBの症状が消えたことがない。

D. この障害の最初の2年間は(小児や青年については1年間)、大うつ病エピソードが存在したことがない。すなわち、この障害は慢性大うつ病性障害または大うつ病性障害、部分寛解ではうまく説明されない。ただし、気分変調性障害が発現する前に完全寛解しているならば(2カ月間、著明な兆候や症状がない)、以前に大うつ病エピソードがあってもよい。さらに気分変調性障害の最初の2年間(小児や青年については1年間)の後、大うつ病性障害のエピソードが重複していることもあり、この場合、大うつ病エピソードの基準を満たしていれば、両方の診断が与えられる。

E. 躁病エピソード、混合性エピソード、あるいは軽躁病エピソードがあったことはなく、また気分循環性障害の基準を満たしたこともない。

F. 障害は、統合失調症や妄想性障害のような慢性の精神病性障害の経過中にのみ起こるものではない。

G. 症状は、乱用薬物や投薬などの物質の直接的な生理学的作用や、一般身体疾患(例えば、甲状腺機能低下症など)によるものではない。

H. 症状が臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における  機能の障害を引き起こしている。

このような症状でお困りの方は、ぜひ私たちにご相談ください。

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